「記憶検索型AI」前編 キオクシアのトップエンジニアが開発に取り組む『記憶』を大切にするAIとは? ― In the Pipeline 記憶×テクノロジーが拓く未来の地平 ―

2022.07.05 「記憶検索型AI」前編 キオクシアのトップエンジニアが開発に取り組む『記憶』を大切にするAIとは? ― In the Pipeline
記憶×テクノロジーが拓く未来の地平 ―

自分の全人生の記憶を活用することによって、自分より自分のことを知っているAIが実現可能になるかもしれない。そんなAIの登場によって、人は、社会は、どのように変わっていくのだろうか……。そんなSF的想像力を膨らませることで、未来におけるキオクシアの可能性を探り出すシリーズ。今回は、メモリ技術研究所の出口淳と吉水康人が、アーティストのスプツニ子!氏との対談に臨んだ。

成長する「記憶検索型AI」

大量の学習データを使って、膨大な演算の末に形成されるAIモデルを基礎とする従来のAIアルゴリズムに対して、キオクシアのメモリ技術研究所で出口のチームが開発を進めるのが「記憶検索型AI」だ。後者は学習データを外部ストレージに知識(記憶)として蓄積し、それを参照することでタスクを実行する。学習が不要なため省電力なだけでなく、ブラックボックスやバイアスといった従来型AIの課題をクリアする可能性を大いに秘めているのである。

スプツニ子!:まずは従来のAIと「記憶検索型AI」の違いを教えていただけますか?

出口:従来のAIは、噛み砕いて言うと「参考書を持ち込んではダメな状態」でテストを受けているような感じです。

吉水:参考書の太字の言葉だけ、テストに出るところだけを覚えておく。例えば豊臣秀吉が何をしたかは参考書には書いてあるけれど、AIが覚えるのは『豊臣秀吉』や『大阪城』くらい。

出口:それに対してぼくらが提案している「記憶検索型AI」は、参考書の中身を一度読むだけで全て覚えることが可能で、あたかも「参考書を持ち込んでいるような状態」でテストを受けられる。つまり手元にある参考書の数が多ければ多いほど、知識が多ければ多いほどAIが賢くなる。従来のAIとは違うアプローチなんです。

スプツニ子!:最初に膨大なデータから学ぶのが従来のAIの考え方ですよね。学習をしてAIを“作る”。一方、この「記憶検索型AI」は、AIが何かを新しく実行したり、新しい判断をしていくときに、その都度知識を検索し、知識を参照して実行するということでしょうか。

出口:まさにその通りです。新しい知識や記憶をどんどんため込み、どんどんAIが成長する。継続してAIが成長していけるような技術です。

吉水:例えば算数でいうと電卓を持ち込んで計算しているのが従来のAIのイメージ。一方、「記憶検索型AI」は、計算のプロセスや答えが入っている辞書があり、「この問題なら、このページに答えが書いてある」と索引から答えを探すようなイメージです。

スプツニ子!:いちいち計算し直さなくても、「これ、前、答えたことあるな」という感じで答えを引っ張ってくるということですね。

吉水:そうですね。

出口:従来のAIは、テストに出るところだけを効率良く覚えてしまうから、関係ない話題はそぎ落としてしまう。せっかくたくさんデータを持っていて、いい学習データも持っているのに、それを捨ててしまっているのでデータを有効活用できていないんです。そこが大きな問題かなと思います。

スプツニ子!:「AIが成長する」という発想が面白いですね。AIが問題を解いていくときに、いろいろなデータに接するたびに自分の知識として保存し、覚えてくれる。つまり、AIが接しているローカルなことに詳しくなるようなイメージでしょうか。でも、この「記憶検索型AI」は、私と一緒にいればいるほど私のことを知ってくれるという。

吉水:そうですね。データやモデルという言葉を置き換えるとするなら「考え方」ですが、そういったものを一つひとつ丁寧に覚えていくのが人間の成長です。コンピューターの世界でも成長するためには「記憶すること」が大事なのかなと考えています。

出口:だから人間と同じ感覚で小さいころからAIを一緒に育てていけば、自分のことをすごく理解してくれるようなAIを一緒に成長させて使うことができる。そういった意味でも、そのAIは信頼できる存在でないといけない。従来のAIは信頼できるような感じではありませんでした。なぜかというと“ブラックボックス”だからです。これはニューラルネットワークを動かす、つまりAIを動かす際に、その中で何が行われているかがわからないという大きな問題です。これをどう解決するのかを考える必要があります。

バイアスとブラックボックス問題

スプツニ子!:AIではバイアスの問題がトピックとして出てくる印象があります。私自身、数学とコンピューターサイエンスが子どものころから好きでしたが、残念なことに社会全体で理系やエンジニアリングは男性のものという固定観念がありました。だから女の子の好きそうなおもちゃとしてバービー人形をもらうとすごく残念な気持ちで……(苦笑)。

おそらくAIで問題になるのが、「女性全般はこれが好きだよね」というステレオタイプ的な判断。でもそのAIが私のことをもっと幼いころから学習し、成長してくれていたら、私が欲しかった電車やプログラミングセットを買ってくれるようになるわけですね。

出口:スプツニ子!さんが仰ったように、「AIがなぜお人形を提案してきたのか」がわからないのが従来のAIですが、「記憶検索型AI」は記憶として蓄えているものがあるので、それをベースに回答したというバックグラウンドの情報も含めて見せてくれる。例えば「そう答えてほしくないんだよ」というときは、その情報を削除したり書き換えたりが容易にできるので、自分なりにカスタマイズ、パーソナライズしやすいわけです。

スプツニ子!:それはすごく重要ですよね。ブラックボックス化されているとAIが出してくる判断に「どうして?」と感じても何もできなくてもどかしい。その点「記憶検索型AI」であれば、ちゃんとデータを見て「なるほど、こういう理由でこういう判断をしたんだ」とわかるわけですね。

出口:そうするとだんだん「このAIは信頼していいな」と思えるようになってくる。パーソナル化には、そういうところが大事かなと思います。

小型・大容量、低消費電力なフラッシュメモリの進化が記憶検索型AIを可能にする

スプツニ子!:これまで蓄積したデータを参照することができるとなると、膨大な計算が減るわけで、そうすると消費電力も減るということでしょうか。

出口:その通りです。いま、ぼくらがやろうとしているのは「記憶を検索して参照することでAIを動かすこと」なんです。もちろん演算は入りますが、従来のAIが膨大な演算で実現することを、記憶検索で実現するので、演算回数が減り、結果的に消費電力が減ります。その際、記憶をどこに蓄積させるのかがポイントで、ここでフラッシュメモリが登場してきます。

吉水:フラッシュメモリは、ほぼ無電源で情報を記憶することができることが大きな強みだと我々は考えています。

スプツニ子!:なるほど。むしろ、これまでのAIがなぜそうしてこなかったのかと思うくらいめちゃくちゃスマートでいいですね。毎回膨大な計算をして、ブラックボックス的な形で判断をしてきたけれど、きちんとデータや知識(記憶)を蓄積して、計算をスマート化できる。

出口:保存したデータ、記憶したデータは、使うときに読み込む必要があります。そうなると、フラッシュメモリにアクセスするスピードが大事になる。遅いと情報が出てこないわけですからね。いまはそのスピードも上がり、技術の進化とAIの進化がすべて合わさった状態にあります。つまり、ちょうどいいタイミングで我々の提案している「記憶検索型AI」がはまったのではないかなと思います。

スプツニ子!:勉強して新しいことを学んだら、手元に貯めておきたいですよね。手元で参照するほうが速いのに、いちいち新しい問題を解くたびに、また一から計算しなおさないといけないのは効率が悪いなと思います。これまで「記憶検索型AI」のようなAIがなかったのは、ハードウエアの課題があったからでしょうか。

吉水:昔の写真はアルバムに入っていて、タンスや本棚の一部を占めていましたよね。そのあとはDVDやROMデバイス、光ディスクに焼き付けてきたけれど、それを読み出すためにテレビを点けてレコーダーを入れて……と、手間がかかりました。フラッシュメモリが大量のデータを読み出す技術を進化させることによって、一人ひとりの経験の記録を蓄積し、AIにスピーディーに提供するというソリューションが可能になるのではないかと思います。

スプツニ子!:理論的にも実用面でも絶対に知識を蓄積したほうがいいはずなのに、「なんでやってこなかったの?」とお話を聞きながら思っていましたが、なるほど、そういうハードウエアの進化とアルゴリズム的なことが合わさったタイミングがいまだったんですね。

手元で成長する、パーソナライズされたAIのメリット

出口:従来のAIが新しい知識を習得するときには、膨大なデータを一から習得する必要があります。それには、サーバのような演算能力が必要で、手元で成長させていくのは難しい。それに対し、「記憶検索型AI」であれば新しい知識をストレージに格納するだけでよいのでサーバを介することなく手元のデバイスでAIを成長させていくことができます。

吉水:いまはクラウド上にデータがたくさんあって、それをビッグデータ、つまり全部みんなのものとしてAIが処理しています。要は「世の中の平均値」が返ってくるんです。

スプツニ子!:例えばECサイトのレコメンドって、大抵ステレオタイプですよね。

吉水:でも、手元にあるAIと対話がなされることで、自分に合ったものに育っていくわけです。

スプツニ子!:革命的ですよね。AIが平均値を出してしまう問題は、クラウド上のいろいろなデータによってAIが出すターゲティング広告の問題にもつながっています。もう少し私のデータを見ながら私に寄り添って一緒に判断してくれるAIであったほうが頼もしいですよね。

出口:手元に置けるメリットはもうひとつあります。例えば「私のデータ」、つまりプライバシーはすごく大事で、人には見せたくないデータはクラウドに上げたくないわけです。でもこれからは、そういうデータも手元に置くことができ、それをベースにしたAIを育てることができるわけです。プライバシーの観点からも、オープンにできないデータを使ったAIという選択肢は重要だと思います。

スプツニ子!:私たちが関わるAIの多くは、巨大プラットフォームにデータを提供しないと接することができないことが多いです。ある意味、悪魔の契約的なところがこれまでテクノロジーの世界であったなと思います。「私のデータをあげるから、便利なツールをください」みたいな。でもそれが自分の手元でデータをちゃんと持っておいて、AIの判断に生かしてもらえるのはプライバシー的にもすごくいいですね。 また、自分でデータのマネジメントやコントロールができるのは、ユーザーにとって新しいエージェンシーというかパワーだと思います。

出口:さらに例えば、他の人が持っている知識や育てたAIの一部をもらって使ってみることもできます。吉水さんのAIではこういう答えを出すけれど、ぼくのAIでは違った答えを出すこともある。知識の切り売りや交換もできるようになってくると思います。

スプツニ子!:面白い! 集合知というと平均化してしまうからモヤモヤしていたのですが、自分なりの集合知をデザインできるということですよね。自分の視点に出口さんの視点を入れたり、レゴみたいに知識を組み合わせることもできるかもしれない。なんだか未来が楽しみになってきました!

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掲載している内容とプロフィールは取材当時のものです(2022年3月)