芸大生との共創が“記憶”の未来を刺激する

2023.03.16 芸大生との共創が“記憶”の未来を刺激する

「『記憶』で世界をおもしろくする」というミッションを掲げ、“記憶”の可能性の飽くなき追求を続けるキオクシア。日々、技術革新に挑む半導体のエキスパートたちが、芸大という全く異なるフィールドで創造性を育む学生と“コラボレーション”するプロジェクトが実現した。手塚治虫の作品世界と記憶をリンクさせ、学生たちが試行錯誤して創り上げたアイデアの数々は、過去と未来をつないで社会に貢献するビジョンの萌芽を生み出した。

記憶、技術、創造を掛け合わせる

手塚治虫の“新作漫画”として「ぱいどん」を共同制作して以来、キオクシアとコラボレーションする手塚プロダクション。そしてその手塚プロと次世代を担うクリエイターを育成しようと連携を行う京都市立芸術大学。この3者による異例のプロジェクトが2022年春に立ち上がった。手塚が残した作品の理念・哲学とキオクシアの技術、そして学生たちの創造力を掛け合わせることで「記憶の可能性の拡張」にチャレンジするコラボレーションだ。

学生たちにとっては、初めて経験する企業との共創。京都市立芸術大学ビジュアル・デザイン研究室の楠田雅史教授は、純粋なアート表現ではなく、社会実装できるクリエイティブを考えることが重要なカギとなる今回のテーマに深く共感したという。

与えられた期間は約6ヶ月。2022年5月にスタートし、11月末の最終発表まで丹念に企画を練り上げた学生たちは、「多彩な捉え方のできる『記憶』の可能性と手塚作品を融合させる自らのアイデア」を縦横無尽に拡張し、参加した企業エンジニアたちに未知の気づきやインスピレーションを与えるなど、キオクシアにとっても有意義なワークショップとなった。

創造力とリアリティの架け橋となる

デザイン科に属する学生たちに与えられた課題は、すばり「手塚治虫作品と記憶を融合した社会の役に立つプロジェクトアイデア」。記憶という概念も、手塚作品の世界観も、計り知れず深大であるが、学生たちはまず記憶について考えを巡らし、続いて手塚作品への理解を深めることから始めたと口を揃える。その後、社会実装を想定したアイデアが頭に浮かぶものの、いかにして作品として具現化するにあたっては“生みの苦しみ”を感じたようだ。

リアリティと創造の狭間でハードルに直面する学生たち。「実現性についてはいったん脇に置き、いい意味でもっと“荒唐無稽”に、アイデアを主体にしながら考えていいと伝えました」と、楠田教授は振り返る。「どうやったら実現できるかは、アイデアが出てからキオクシアの人たちも考えてくれるから、と」。

同プロジェクトの大きな特徴は、手塚プロ、キオクシア、そしてクリエイティブエージェンシーの面々がメンターとして学生たちのプレゼンテーションに寄り添い、フィードバックを伝えながら各アイデアの解像度・実現性を上げていくプロセスを経たことだ。

この点について、手塚プロでクリエイティブ部長を務める石渡正人氏はアートとクリエイティブの相違点を指摘する。

「自分が作りたいものを作るだけではなくて、相手がいて、その相手と色々な話し合いをしながら最終的な着地点を見つけて納期内に成果物を残していくことは、卒業後の社会で求められること。今回のプロジェクトでは、そうした過程も学んでもらいたいと考えました」

実際にメンターとして参画したキオクシアの技術者たちは、与えられた役割についてどう感じたのだろう。かつて学生時代に美大との交流があったと語るメモリ技術研究所所属の高田万里江は、「理系の学生は出来るものの範囲で作れるものを考えるという思考の縛りがある一方で、芸大生は夢が広がるストーリー性やアイデアを非常に多く持っていると感じていた」という。

同じくメモリ技術研究所所属の野田光太郎も「僕らは仕事上、今あるものをより良く改良していくことについては長けていますが、このプロジェクトでは自分にはない感性や発想力に触れることができてとても刺激的でした」と言葉を重ねた。

未来への可能性を提示したアイデアの数々

「手塚作品」と「記憶」という壮大なテーマとテクノロジーを掛け合わせ、さらには社会実装も求められるという難題に取り組んだ学生たち。続いては、学生たちの企画案とメンターからのフィードバックを紹介しよう。

「梅田を緑に」:手塚治虫の哲学を心と身体で記憶に残す

「手塚治虫のテーマだった自然環境とメタモルフォーゼを組み合わせて、都会を自然の風景に変える試み。地下鉄梅田駅内にプロジェクションマッピングとAR 技術を導入し、行き交う人々の心と身体に手塚治虫の哲学を記憶として残す。かつて梅田という土地そのものが湿地帯から田園へとメタモルフォーゼした歴史があることから、今人々が立つ場所がかつては自然豊かな場所であったことも感じてもらう」(京都市立芸術大学・浅野未華さん)

「昔は『埋田』と呼ばれていた梅田という土地の歴史的背景など、アイデアを出すにあたって外的要因をきちんとリサーチしてアイデアに落とし込めている点が優れていたと思います」(ワンダーマントンプソン・クリエイティブディレクター 飯田訓子氏)

「手塚先生の哲学を心と体で記憶に残すという点が、ただの記録媒体としてだけではなく、感情や五感で感じた様々なことを残すというキオクシアが掲げるビジョンやミッションにもつながっていると感じました」(キオクシア・コーポレートコミュニケーション部 荒川恵)

漫画表現を不滅にする「石のメモリの物語」

「漫画という表現方法を数千年単位で残すために、手塚漫画という人類の記憶を『石のメモリ』に刻んで宇宙へ打ち上げる。遠い未来の人々は宇宙に散らばる星々に移住しており、地球外の惑星で地球と人類の痕跡である『石のメモリ』を見つけて自分たちのルーツである地球の歴史と、人類が地球に住んでいた頃の文化や価値観を知ることができる」(京都市立芸術大学・井手龍二さん)

「半導体は実際に石に回路を刻んでメモリとして機能しているのでシナジーを感じました。ロゼッタストーンのように石は数百年〜数千年と残るものですし、描画をどのように刻んで残すかを工学的にも考えてみたいなと思いました」(キオクシア野田)

「『永遠の記憶とはなんですか?』という問いかけを受けたような気がします。記憶を永遠に残す究極の形とは何か、またそこからキオクシアとして目指す記憶媒体とは何かを考えるきっかけとなりました」(キオクシア高田)

「ガラスの星の博物館」:手塚治虫作品と情報による新しい漫画体験

「手塚作品の世界観が広がり、漫画に紐づく様々な情報(知識や当時の時代背景など)と読み手の感想が集まるVR空間を展開。手塚の想いに人々をつなげるだけでなく、漫画を通して世界中の人と人をつなげる。仮想空間の中央にはガラスの地球が浮かぶが、21世紀の環境破壊によりヒビが入っている。プレイヤーは手塚作品を読むと現れる不思議な虫『オサムシ』を捕まえてガラスの地球を救うための力を得る」(京都市立芸術大学・久保友里奈さん)

「VRの体験に、漫画が作られた時代背景や情報、オサムシのようなキャラクターを設定して地球を修復するというゲーム感覚もあって、子どもから大人まで幅広い人が楽しめる空間ができそうな気がします」(キオクシア荒川)

「博物館的な広がりもあり、実現できたら本当に膨大なメモリを使って色々なものとつながる、これからのWeb3時代に相応しいものが出来上がるんじゃないかと思っています」(手塚プロ石渡氏)

「手塚キャラがコメントをくれる日記」:無意識的な記憶を活用して、自分をより深く理解

「自分の中に内在していても普段は思い出すことのない記憶、つまり無意識のなかにある記憶を引き出し、可視化することによって、自分自身をより深く知り、理解できるようになるアプリ。日々の出来事や読んだ本、食べたもの、買ったものなどを日記のように気軽に記しておくと、その記録内容に基づいて手塚キャラから自分では忘れていたような過去の記憶やコメントが届く」(京都市立芸術大学・渡邉セリーナさん)

「記憶の中でも無意識という領域に挑戦する面白い取り組みで、それを形にしてくれました。自分が知らない自分を知るというのは、人としての根源的な欲求だと思うので、着眼点がいいなと思いました」(キオクシア・コーポレートコミュニケーション部 緒方夏子)

日常を切り取り、漫画に描き起こすサービス「コミカルロマンティック〜オンライン婚活編〜」

「手塚作品で語られる『愛』をヒントに、オンラインで出会ったパートナーとの会話や2人の表情をAIが漫画に書き起こして作品にするサービス。日常の時間を記録から記憶へ、さらには素敵な思い出へと昇華させる。また記録されることによって、相互のコミュニケーションを振り返ることもできる」(京都市立芸術大学・久保智愛さん)

「手塚先生が広げた漫画という表現方法を、愛を深める、人と人をつなげることに応用するという着想が面白いと思いました。出会いを漫画化した作品を、両親への結婚挨拶の際に見てもらうのも良さそう(笑)」(キオクシア高田)

記憶にまつわる社会の未来を形に

「通常の業務では、目標に向かって何をすればいいのかを考えることが得意な人が多い一方で、実現したい社会をポンと湧いてきたインスピレーションから膨らませて考えることが習慣化されていないところもあります。その意味で今回のプロジェクトがその課題を良い形で補完してくれた」と振り返るキオクシアの緒方。

実際、今回のプロジェクトで結実した芸大生の感性と発想は、技術者たちに未来のイノベーションに関わるヒントをもたらしたようだ。例えば、梅田駅の記憶を追体験する浅田さんの企画に対して、キオクシアの野田は今後のメモリの進化の方向性について触れている。

「この10年ほどの流れはメモリを大容量にしていくことでしたが、今後はこれまで以上に素早くデータを転送させ、リアルタイムで表現に持っていくこと、例えばこの場(=梅田駅)を歩いている人の動きを捉えてインタラクティブに反応できる記憶の技術が必要だなと思いました」

また、無意識の記憶を活用する案については、無意識が意識と結び付くひらめきやセレンディピティのような、“幸せな偶発性や出会い”を生む回路も記憶媒体やメモリに実装できるかもしれないという話に及んだ。

前例や常識に囚われず、豊かな発想力と創造性あふれる学生たちとの邂逅は、「記憶」の技術で新しい価値を創り出すキオクシアに、未来へと邁進するさらなるパワーを与えたことは間違いないだろう。

掲載している内容とプロフィールは取材当時のものです(2022年12月)