2020.09.09【最前線】AIは、“クリエイティブ”になれるのか?

2020.09.09 【最前線】AIは、
“クリエイティブ”になれるのか?

NEWS PICKS

マンガの神様と呼ばれ、世代を超えて愛されてきた手塚治虫。没後30年を迎えた昨年、あるニュースが日本を驚かせた。手塚治虫の「新作マンガ」が生まれたというのだ。
そのプロジェクトこそ、フラッシュメモリ大手のキオクシア(旧東芝メモリ)が牽引する「TEZUKA2020」だ。
過去の手塚マンガを学習したAIが、人間のクリエイターと協力して新たなキャラクターとストーリーを創作。30年ぶりの新作マンガ、「ぱいどん」を創り上げたのだ。「創作」の概念を大きく揺るがしたその取り組みを、より深く知ってもらおうと、二子玉川 蔦屋家電(東京都世田谷区)は8月、「ぱいどん」のコンセプトや制作過程を展示。

二子玉川 蔦屋家電で行われた展示の様子。プログラムされたアームロボットが「ぱいどん」の主人公のイラストを、スラスラと描き進めている(7倍速で再生)。

会期中には、NewsPicks Brand Designとタイアップしたトークセッションも開催。「AIは文化を創れるか?」をテーマに、「TEZUKA2020」でキャラクター創作の技術面を担当したキオクシアの国松敦氏に加え、数々のマンガや小説の編集を手がけてきたコルク代表の佐渡島庸平氏、AIを用いた音楽制作を研究するQosmo代表の徳井直生氏が語り合った。

手塚マンガ、160作品をAIが学習

── AIと人間のコラボレーションで生まれた、手塚治虫の新作マンガ「ぱいどん」。とはいえ「AIがマンガを描いた」と聞いても、なかなかイメージが湧かない人も多いと思います。具体的にどのような過程を経て、制作されたのでしょうか?

国松:マンガ制作にはそもそも、シナリオ、キャラクター創作、作画、コマ割りなどのさまざまなフェーズがあります。その中で今回AIが担ったのは、「シナリオ制作」と「キャラクター創作」の2つのパートでした。

国松敦
国松敦
キオクシアSSD事業部cSSD技術部参事

もっとも苦労したのは、キャラクター創作。手塚治虫のタッチを再現しつつ、オリジナルのキャラクターを生み出すためには、手塚マンガのキャラクターをAIに学習させる必要があります。
ですが如何せん、正面向きの顔データが少ないんです。本来は数十万のデータが必要になりますが、使えるのはせいぜい数千程度でした。
そこで用いたのが、「転移学習」という技術。数十万規模の人間の実写の顔を学習済みのAIに、手塚マンガのキャラクターを追加で学習させる手法を採りました。そうすることで、手塚治虫らしいキャラクターが創作されるようになり、主人公「ぱいどん」が誕生したんです。

AIが創作したキャラクター。手塚マンガの特徴を捉えながら、オリジナリティもある。

シナリオ作成の具体的な方法として採ったのは、160の手塚マンガのエピソードを、AIに学習させる方法。それをもとに、100以上のプロットをAIに考えさせました。ですが実際にストーリーとして筋が通っていたのは、2割程度。そこからは、手塚眞さんをはじめとした手塚プロダクションのクリエイターの方々と協力し、ストーリーに解釈を加えて設定を追加したり、話が破綻している部分を補ったりしました。そんな過程を経て、面白く読めるシナリオを作り上げていったんです。

AIが作成したプロット

このプロットをもとに、クリエイターがストーリーを組み立てていった。

第1幕
日比谷で神への生贄をしている主人公。
主人公に記憶喪失が発生する。
主人公は、この問題に立ち向かうことを決める。

第2幕
主人公は、人質の救助を行う。
様々な助けをもらい乗り越える。
いっときの平穏を得る主人公。
主人公は、相手からの疎外を行う。
そして、主人公は、この試練により破滅的な状況に陥る。
この危機を乗り越える主人公。

第3幕
最後に見つからない生命の維持をするためのガスと対峙し、勝利を掴む。
安堵と満足を得る主人公。

徳井:「ぱいどん」を読んで感じたのは、ところどころにストーリーの飛躍があること。人間では思いつかないようなストーリー展開に、「機械の痕跡」のようなものを感じ、それが逆に新鮮で面白いと感じました。
私は普段、AIを活用した音楽制作を研究していて。AIと人間が交代で曲を選んでかける、「AI DJ」というプロジェクトに取り組んでいるのですが、AIが選んだ曲の意外性から、刺激をもらえることが多いんです。
そんな点で、「TEZUKA2020」との共通点を感じました。

徳井直生
徳井直生
Qosmo代表取締役/
慶應義塾大学 政策・メディア研究科(SFC)准教授/
Dentsu Craft Tokyo, Head of Technology

国松:まさにその通りで、AIが出してくる突飛なアイディアが、ストーリーに良い刺激を与えているんです。たとえばAIが提案したシナリオの中に、「主人公が役者である」という設定があって。本筋のシナリオとは多少ズレる設定なのですが、その要素を盛り込んだことで、意外性のあるユニークなストーリー展開が生まれました。

── 佐渡島さんは数々のマンガを編集・プロデュースしてきた編集者でいらっしゃいますが、このプロジェクトに対してはどんな感想を持ちましたか?

佐渡島:率直に面白い試みだし、これからのクリエイティブ産業を考える上でも、偉大な一歩だと感じます。その上で、どう次に続けていくかが重要だと考えていて。

佐渡島庸平
佐渡島庸平
コルク代表取締役会⻑兼社⻑CEO

今は多くの人が、スマホでマンガを読むようになりました。そうするとスマホの顔認識機能を使って、読者の目の動きを追える。「読者がどのコマに興味を持っているか」「どのコマで行き詰まっているのか」といった、フィードバックを得られるんですね。
特に手塚治虫さんは、もともとアニメーションや実写への関心が高かったマンガ家。誰よりも、視線誘導を気にしていたといっても、過言ではない方なんです。
だからこそ、「ぱいどん」を読んだ読者がどんな読み方をしたのかというデータをスマホで収集・分析し、次のストーリー作りに活かす。その視点があると、より手塚作品に近づいていくし、これからの時代のクリエイティブ制作の布石になっていくと感じます。

「ぱいどん」
「ぱいどん」の表紙と1ページ目。全編はこちらで読むことができる。

人に問われる「組み合わせのセンス」

── クリエイティブ領域はこれまで、人間にしかできない「聖域」とされてきた印象があります。「ぱいどん」は、そんな領域にいよいよAIが進出してきた事例とも言えますが、その意義をどう捉えていますか?

佐渡島:これまで数百年単位で変化してきた「クリエイティブ」という定義が、今後は数年単位で変化していくと捉えています。
これまでは、どんな創作活動においても、素材を作ることが一番大変でした。写真を例に取れば、昔は機材を扱うのも現像するのもエフェクトをかけるのも一苦労だったので、写真を撮れること自体に価値があったんですね。
しかし今では、カメラは誰でも簡単に扱えるものになり、スマホでプロ並みに写真を加工できるようになりましたよね。クリエイターに問われる能力が、「素材をどう作るか」ということから「素材をどう組み合わせるか」というフェーズに、移っているんです。
マンガにしても、ツールから絵を選択して、誰でもそれなりの作品を作れる世界は、もう5年後には来るんじゃないでしょうか。人間は、選んだセリフや絵を少しだけ直せばよくて、むしろその直し方のセンスが問われていくと思います。

国松:エンジニアとしては、AIが作品の「魂」の部分まで代替するかという話は、まだまだ先のことだと考えています。現状のAIは、あくまでもツールに過ぎないんです。「ぱいどん」の制作でもそうでしたが、AIはたくさんの素材を学習して素材を生成することはできるけれど、それらの組み合わせは、まだランダムに選んでいるような段階。それではやはり、ストーリーとしては面白くならない。いくらAIの精度が上がっても、それを組み合わせて、人の心を動かせるよう魂を込めていくのは、まだまだ人の仕事だと思いますね。

二子玉川 蔦屋家電での展示の様子。「ぱいどん」の制作過程がマンガ形式で展示され、プロジェクトメンバーの選書も並べられた。

徳井:素材のクオリティや組み合わせのセンスだけでなく、「背景」の存在も大きく関わってきますよね。
私たちが音楽を好きになる時、必ずしも「メロディや歌詞が美しい」だけが理由ではありません。「誰がどういう思いで、その曲を作ったのか」というバックストーリーも、非常に大きな要素を占めるのです。
ビートルズが「リバプール出身のあの4人組」といったストーリーを持っている一方で、AIにはそれがない。ビートルズにそっくりな曲をAIが作ったとして、果たして私たちは感情移入できるのか。これは私が非常に興味のある問いです。

「間違った使い方」が芸術を生む

── テクノロジーは、クリエイティブ領域への参入障壁を低めて、誰もがクリエイターになれる時代にしてくれました。一方でテクノロジーが普遍化することで、同じような作品が溢れ、作家性や個性がなくなってしまうという懸念はありませんか?

佐渡島:そんなことはないと思います。たとえばYouTubeでは、朝のルーティーンとか食事紹介みたいな、みんな似たようなフォーマットの配信をしていますよね。
同じフォーマットだからこそ個性が際立つし、さらにクリエイターの腕が試されると思います。

佐渡島庸平

徳井:1つポイントになるのは、AIをどれくらい「誤用」できるか、という視点だと考えています。というのも音楽界のイノベーションって、ツールの間違った使い方が発端になっているケースが、たくさんあるんです。
ジミ・ヘンドリックスが舌でギターを弾いたのなんて、楽器の完全な誤用ですよね(笑)。DJのターンテーブルだって、手でレコードを触るなんてよく考えてみるとありえない。
AIはブラックボックス化しがちなので、こういった「誤用」が難しくなる懸念があります。間違った使い方を許してくれるAIツールをどう作っていくか、クリエイター目線として考えていきたいと思っています。

佐渡島:面白い。ちょうど最近、「『曖昧さ』を深掘りする」研究を仲間とやっていて。そこにも通じるお話に感じました。 曖昧さって、クリエイティブ領域では非常に重要。なぜなら人間の感情自体が、白黒つけられるものではなく、曖昧なものだからです。
ですが一般的に技術の進化は、「曖昧さ」の排除を前提にしています。より完璧な答えをより短時間で導き出すことこそが、技術の進歩と言われてきたんです。
ですがそこで機械がもう一度、曖昧さを獲得する。AIが曖昧さを身につけたら、クリエイターのさらに優秀なアシスタントになっていけると思いますね。

徳井:確かに自動運転に曖昧さが残っていたら、困りますものね(笑)。一方で囲碁AIは完全無欠よりも、弱点や不確かさがあった方が面白い。エンタメやクリエイティブ領域だからこそ、求められる要素ですね。

国松:まさに、クリエイティブ領域での技術の使い方という点は、私たちも非常に試行錯誤しました。
キオクシアはそもそもメモリ事業の会社で、半導体の製造の過程で実際にAIを活用しています。
そういった活用の場合は、より高い精度のみを追求して活用してきましたが、今回のプロジェクトでの、曖昧さを残した技術の使い方は、私たちエンジニアにとっても非常に大きなチャレンジで、視野を広げてくれました。
キオクシアは、「『記憶』で世界をおもしろくする」をミッションに掲げており、単にデータを蓄積する「記録」デバイスではなく、人の気持ちを動かせる「記憶」を、最新の技術で生み出していきたいと考えています。その取り組みの第一弾が、この「TEZUKA2020」なのです。
手塚治虫の新作マンガを、30年ぶりに今の時代に生み出す。この新しいチャレンジに私たちの技術が寄与することで、社会に感動と興奮を届けることができたと思います。これからも、記憶で新しい価値を生み出し、世界をワクワクさせていきたいと考えています。

国松敦
キオクシアSSD事業部cSSD技術部参事

キオクシア株式会社の技術者として「TEZUKA2020」に参加。キャラクター創作における技術のアイディアを出し、プロジェクトをリード。普段はSSD(フラッシュメモリ)の開発に携わる。

徳井直生
Qosmo代表取締役/
慶應義塾大学 政策・メディア研究科(SFC)准教授/
Dentsu Craft Tokyo, Head of Technology

2009年に㈱Qosmoを設立。Computational Creativity and BeyondをモットーにAIと人の共生による創造性の拡張の可能性を模索。AIを用いたインスタレーション作品群で知られる。また、AI DJプロジェクトと題し、AIのDJと自分が一曲ずつかけあうスタイルでのDJパフォーマンスを国内外で行う。2019年5月にGoogle I/O 2019に招待され、Google CEOのキーノートスピーチをAI DJに寄って盛り上げた。2019年4月からは慶応義塾大学SFCでComputational Creativity Labを主宰。研究・教育面からも実践を深めている。東京大学 工学系研究科 電子工学専攻 博士課程修了。工学博士。

佐渡島庸平
コルク代表取締役会⻑兼社⻑CEO

2002年講談社入社。週刊モーニング編集部にて、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)などの編集を担当。2012年講談社退社後、クリエイターのエージェント会社、コルクを創業。著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。従来の出版流通の形の先にあるインターネット時代のエンターテイメントのモデル構築を目指す。

編集:金井明日香
写真:後藤渉
デザイン:月森恭助

掲載している内容とプロフィールは取材当時のものです(2020年9月)