“五感”の記憶を全て残せるメモリを作りたい ― わたしの世界新記憶 ― メモリ技術研究所 塩沢竜生

“五感”の記憶を
全て残せるメモリを作りたい ― わたしの世界新記憶 ― メモリ技術研究所
塩沢竜生

「『記憶』で世界をおもしろくする」をミッションに掲げる、キオクシア。そんなキオクシアの社員は、「記憶」についてどのように考えているのか。1人ひとりがこれから目指していく「わたしの世界新記憶」をたどるこのインタビュー企画に今回登場するのは、メモリ技術研究所で次世代メモリの開発に取り組む塩沢竜生だ。印象深い家族とのエピソード、未来に残していきたい記憶、そして「仕事をとおして電力問題を解決したい」という目標について聞いた。

塩沢竜生

新製品の開発で気づいた「人とのつながり」の重要性

塩沢は、2000年に株式会社東芝へ入社し、同社ワークスラボ(事業部門 研究開発組織)に配属。2017年に東芝メモリ株式会社へ異動するまでは一貫して「無線LAN用LSI」(通信機能を備えた大規模集積回路)の開発に従事してきた。

20年近くにおよぶ社会人生活のなかで特に印象深い仕事は、2010年頃から仲間とともに行った無線LAN内蔵SDカード「FlashAir™」プロジェクトの立ち上げだという。新製品開発事業から生まれたFlashAir™は、無線LAN機能を搭載したSDHC/SDXCメモリカードで、カード単体で無線LANのアクセスポイントとして機能するため、FlashAir搭載機器同士のファイル送受信、あるいは、外部無線LAN機器を通じたパソコン・スマートフォンのFlashAir™へのアクセスを可能とする。FlashAir™は東芝グループで大ヒットとなった商品である。

「私自身を含めて数人で始め、メンバーを増やしていった新規事業プロジェクトでした。入社以来10年間、研究開発の領域でずっと仕事をしていたため、新製品を生み出す仕事は個人的にとても新鮮な体験でしたし、相当な覚悟で挑んだことを覚えています。当初は製品づくりからマーケティングまで一貫して担当させていただき、人とのつながりの重要性を教えてくれた仕事でもありました」

もしも記録に残せていれば——二つの記憶をひもとく

現代は、記録が増え続けていく時代だ。誰でも日常的にSNSを利用するようになった今、思い出をクラウド上に残すという行為が当たり前になっている。しかし1973年生まれの塩沢にとって「SNSに個人的な記録を残し、オープンに公開するようになった」というのは、驚くべき変化だった。同時に「自分もあのときのことを記録できていれば……」と振り返ってしまうこともあるという。

特に印象的な記憶として塩沢が挙げたのは、幼少期に家族で静岡県へ遊びに行ったときのこと。何かの拍子に湖に落ちてしまい、そのときの“視覚的な記憶”が鮮明に残っているという。

「それが浜名湖だったのか、近くの海だったのか、今となっては定かではありませんが、水のなかを沈んでいき、水面が遠ざかっていく情景を鮮明に覚えています。『このまま死んでしまうのだろうか……』と、子どもながらに恐怖を感じました。でも、自分の記憶のなかでは、恐怖よりもきらきらと光る水面の美しさが上回っています(笑)。不思議なのは、自分のなかでは衝撃的な事件だったにもかかわらず、私が水のなかに落ちたことが両親の記憶には残っていないこと。弟もそのときのことを覚えているから間違いなく事実なのに、なぜか両親は覚えていないんです」

塩沢にとってもう一つの印象深い過去の記憶は、当時同居していた祖母が作ってくれたサラダの味だという。きゅうりとわかめに調味料を和えて手もみをしたサラダで「毎日のように食卓に並んでいたため、反抗期には正直嫌だったこともある(笑)」と振り返る。

「言葉ではうまく言い表せない独特な味でした。しかしその味は鮮明に覚えています。祖母が80歳くらいになって料理をしなくなってから、食べる機会がめっきり減ってしまいました。不思議なのは、あるとき祖母にそのサラダのことを話してみると、作ってくれたことをまったく覚えていなかった。その他の記憶はきちんと覚えているし、祖母もまだまだ元気だったのですが、なぜかそのことだけ覚えていない。実家の家族みんなでびっくりするとともに、少し寂しい気持ちが残ったことを覚えています」

記録に残せれば、人生がもっと豊かになる

自分は鮮明に覚えているのに、両親は覚えていない湖の記憶。そして、家族は覚えていても、作った本人は覚えていないおばあちゃんのサラダの記憶……。二つのエピソードから塩沢が考えるのは「人の記憶はとてもあいまい。だからこそ、記憶を記録として残しておきたい」ということだ。

「今であれば、思い出の写真や文章、レシピをSNSなどに残しておくことは簡単です。それによって、あとから想起することができるかもしれません。でも、自分だけが知っているきらきらと光る水面の情景や、言葉では言い表すことのできなかった祖母のサラダの味といった五感で感じ取った記憶を、そのままの情報量で残せるようになったとしたら、きっと人生はもっと豊かになると思うんです」

さらに塩沢は「10年前、FlashAir™の立ち上げに挑んだときの感情も残したかった」と話す。

「当時のメールなんかを見返すことがありますが、さすがにそこから感情までは読み取れません。もしもそれらが残っていて、それを今から引き出せるとしたら、現在遂行しようとしている仕事への活力になるかもしれないし、後進の育成にも役立つ可能性もあります」

塩沢が語るように、当時は当たり前だったことも含めて、五感で感じ取った情報やそのときの感情をデータとして記録できるようになると仮定する。すると、自分と他人、あるいは過去の自分と現在の自分のあいだで記録を介したコミュニケーションが生まれ、新たな『記憶』として、別の価値が生じ、社会が豊かになるということもあり得るだろう。

「過去の記憶をひも解いて真っ先に思い浮かぶのは、楽しい記憶ばかりではないかもしれません。しかし私は特に、忘れてしまいがちな楽しい気持ちや前向きな記憶を記録に残したいと思っています。これからも次世代・将来世代メモリの研究開発という自分の仕事をとおして、『記憶』で世界をもっとおもしろくしていきたいです」

現在の仕事では、「次世代・将来世代メモリの実システムへの応用検討」「メモリシステムの将来予測と開発へのフィードバック」に関わっているという。そこでは、具体的にはどんな目標を掲げているのだろうか。

「サーバなどを設置・運用するデータセンターの電力問題を社会課題の一つとしてとらえ、我々の技術でその課題を解決したいと考えています。世のなかで流通する情報量の爆発的な増加にともない、すでにデータセンターの消費電力は飛躍的に増大しており、IoTデバイスがもっと増えていけば、やがて現在の総発電量を超えるとの予測もあります」

「我々が研究開発を進める次世代メモリは、メモリやチップ、CPUとの連携により高効率化を目指すもの。結果的に、データセンターの大幅な省電力化に寄与します。世界の動向を見ても情報量が増え続けるのは必然。人々の“記憶”が増えていく時代に向けて、今後も次世代のメモリを開発していきたいです」

メモリ技術研究所 塩沢竜生

2000年、東芝入社。システムLSI開発センター配属。08年、無線LAN LSI開発プロジェクトリーダー。10年、無線LAN内蔵SDカード “FlashAir™”を立ち上げ、13年よりNFC内蔵SDカード ”Mamolica™”用LSIの 仕様策定を行う。17年より東芝メモリ(現・キオクシア)へ転籍。システム技術研究開発センターに所属し次世代メモリシステム開発の取りまとめを行う。

掲載している内容とプロフィールは取材当時のものです(2019年10月)